奥さんや学生ボランティアの皆さんといった自分が関わる人が島で楽しそうにしているのを見ると嬉しいという奥野真人さんは、焼尻島の元協力隊員。今回はそんな焼尻島10年目の奥野さんにインタビューさせていただきました。

〈奥野真人さん。弾いているのは沖縄で習得したという三線〉
協力隊を務めていた頃について:期間2014年1月~2016年12月
協力隊に応募したきっかけを教えていただけますか?
「島暮らしに憧れていて、将来島で宿がやりたいと思っていました。できそうだと思える地域を探していた時に、たまたま焼尻島の協力隊の求人を見つけたのがきっかけです。」
所属と当時の活動内容を教えてもらえますか?
「当初の所属は総務課でしたが、途中から地域振興課となりました。イベントですとか諸々の地域活動に従事しながら、目標として設定している宿泊業の開業準備のために活動していました。宿泊業だけでは一年ご飯を食べられないなというのはなんとなく予感していたので、観光ガイドですとか、いまもやっている学生のボランティアの受け入れですとか、海藻漁ですとか自分のできそうな範囲で生業作りも並行してやっていました。」
当時、島暮らしで苦労したことはありますか?
「島の人が当たり前にできることが自分は何にもできない、そこが苦労したところでしょうか。例えば、機械の調子が悪くなったとか、水道管がしばれて水漏れしたとか、あるいはちょっとロープを使ってパパッと物を縛るとか・・・。車のタイヤ交換にも当初は手間取りました。そういうことを島の人はたぶん島で生まれ育つ中で自然と身に着けているんだと思うんです。それが何にもできないし、どう覚えていいかも何から覚えていいかもわからない。そして、それ以外にやらなければいけないこともいっぱいある。何かをやるとなった時、必ず自分は一歩引かないといけない、見ているだけの時間というのがどうしてもできてしまう、それ自体は仕方がないなとは思いつつ、でもその場にいるとやっぱりちょっと居心地がよくない。そういう後ろめたさみたいなものはすごくありました。」
協力隊をやってよかったと思う事はありますか?
「焼尻島に移住した人がそんなにいないので、すごいことはやっていないけれど目立ってはいたと思います。だからでしょうか、例えばウェブメディアに自分の活動を取り上げてもらえたり、宿を開業したことで出版社の人から声がかかって雑誌に載せてもらえたり、道新のコラムをいまも書かせてもらえたりしています。都会だったらあんまりできないような仕事とか経験をできたのは、協力隊を通じてここで商売をしているからだと思います。面白いって言ったらいいのかな、普通にしていたらできない体験を色々させてもらって。協力隊でいられたからこそ、いい経験をさせてもらえたんじゃないかなと。」
ゲストハウスを主軸とする複業暮らし: 現在
ゲストハウスを主軸に置きながら、海藻漁やボランティアの受け入れ、観光ガイドをされている奥野さん。その生業について聴きました。
ゲストハウスをしようと思ったそもそものきっかけは何でしょうか?
「大学生の時、ユースホステル部という自然や旅に親しむ趣旨の部活に所属しており、島に行く機会が多かったんですよね。島に行く機会が多かったことで、島って面白いな、ちょっと好きだなと思うようになりました。そこでそのまま大学を一年休学して、一人旅でいろんな島を回ったんですね。いろんな島の宿で働かせてもらいました。そうして自分もそういう場所を提供できる人になったら面白いなって思うようになったのが、ゲストハウスをやりたいと思ったきっかけです。」
ゲストハウスでこだわったところはありますか?
「NPO法人ECOFFのボランティアを受け入れて、色々なものを作ってきました。いろんな人の協力を得て改修をしたり、ちょっとした備品を作ったりしてきたんですね。関わってくれた人にはその成果物に名前を書いてもらっています。例えば床貼りとかもそうなんだけど、床貼りしたら床のところに名前を書いてもらったりとか。写真も貼ったりして、いろんな人が関わったっていう足跡を残すというか、そこはとても意識しています。」

〈ゲストハウス。流木を使った看板が素敵です〉
海藻漁について教えてもらえますか?
「天売島より焼尻島の方が、海藻漁は島民に馴染んでいると思います。その要素の一つは、焼尻の遠浅の海。焼尻島では島全体が浜に下りられるようになっていて、かつ遠浅だから海藻が育ちやすい、その地域柄もあって、島のお年寄りとか女性が海藻漁をしてきました。自分は新卒で入った会社が昆布の加工食品の会社だったので、海藻には多少見識がありましたが、産地には足を踏み入れたことがなかったので、焼尻の海藻を見たときに、面白そうだなと思いました。焼尻島の海藻は物がいいわりに安く量を売っているイメージがあり、付加価値をのっけられたらもっといいのになというのがあって、自分なりに挑戦してみようかなと。その辺はあまりうまくやれてないんだけど。海藻の品目としては、ぎんなん草、ふのり、わかめ、岩のり、もずく、そしていまはもうないんだけど、協力隊に着任した当時はがらめこんぶという昆布がありました。販売して一番人気だったのは、がらめこんぶ。でも、いまはがらめこんぶが採れなくなっちゃった。それぞれ特徴はあるんだけど、売れやすいのは岩のりですね。人気かって言われるとちょっと違うと思うんだけど、たぶん買う側からすると一番イメージがつきやすいのがのりだから岩のりが売れやすいのかな。ぎんなん草は北海道の海藻でコアなファンがいます。食べていいリアクションをもらえるのはもずく。それぞれ特色があって、好みも人それぞれって感じです。」

〈わかめを干す奥野さん〉
ボランティアの受け入れに関して教えてもらえますか?
「もともとはこのゲストハウスを改修しなきゃいけなくて。元々ただの古民家、ただのおじいちゃん家って感じの家だったので。ここを宿泊施設にしなきゃいけないとなった時に、一人でそういう作業をするのってなんかドラマがないというか、自分一人でできる能力もないなと思っていたら、たまたまNPO法人の代表の方から声をかけていただいて。地域で活動したい人と地域をつなぐECOFFというNPO法人。焼尻コースをぜひやってほしいんですけどどうですかっていう打診を受けて。当時、このままいけば任期満了して島に住み続ける事になるだろうけれども、協力隊としてなんかおっきなことやったわけでもないなあっていうのがあったので、ちょっとイベントめいた、床張り合宿をしたりしました。参加者を募ったら全国各地から人が来てくれて、そこの床とか20人くらいでやったんだよね。そのときのDIYをやったっていうのが一つ軸になっているので、いまも島での滞在を通じて、島での交流や島での体験、プラス島での暮らしにふれるというところが活動のメイン。そのなかに地域貢献の要素を入れてみたり、島暮らしならではの例えばDIYをやってもらったりというのを活動の軸にやっています。ゴミ拾いはけっこう欠かさずにやっていて。めちゃめちゃゴミは拾ってます!」

〈ボランティアの皆さんと奥野さんご夫妻〉
観光ガイドについて教えてもらえますか?
「観光ガイドはゲストハウスが暇で漁業の仕事とも被らないタイミングでのみ受けています。焼尻島は観光ハイヤーがあって、港で船から観光客が降りると、ハイヤーが一周まわるよ1400円だよって言って一周まわってガイドをして、また港に戻すんですね。そうするとそれでもう焼尻島を観た気になっちゃうんじゃないかっていうのが、一外野の人間からするとすごく違和感があった。島に滞在して島をゆっくり見てもらうっていうのも一つの趣だと思っているので。焼尻島は、どうしても宿も少なければ、嫌な言い方をすれば見るところも少ないと思われがちな島なので、フェリーで降りてきた人をハイヤーで1時間まわってまた港に戻して次のフェリーで帰るっていう日帰り観光に適しているし、そのスタイル自体はあってしかるべきだと思うんだけれども、それしかないのは違うんじゃないかっていうのがあって。ちょっと島をゆっくり歩いてほしいなあとかその島に長めに滞在してもらうきっかけになればいいなっていうのがあって。徒歩のガイドってかたちで住み分けじゃないけど、車で回る人と違うスタイルでやりたいなっていうのがあって。」

〈ガイドの様子。焼尻の森の中で〉
焼尻島の魅力: 山菜も海藻も徒歩圏内
焼尻島の魅力を教えてもらえますか?
「四季の移ろいを肌で感じられること。花や植物、食べ物。海藻も魚も山菜も豊富。それから若手が少なすぎるが故に何かやろうと思ったら意外とチャレンジできる土壌があるというか、何やっても他人と被らない感じがしていて。気持ちと勢いさえあれば挑戦できる土壌はあるのかな。そういうのはある意味小規模な島だからこその魅力なのかなって思います。海藻を取る立場としては遠浅の海も魅力、いろんな海藻が育つのも魅力。山菜も海藻も徒歩圏内。たぶんお金稼げなくてもこの島だったら食うには困らないだろうなって。釣り糸たらせば魚は取れるし、その気があれば畑もできるし、山菜があるし海藻があるしで。行者ニンニクもそうだし、この前アサツキも採ってるし、そろそろフキも採りたいなと。植物が2、3週間ごとに変わるから季節の移ろいを感じるし、あとやっぱり魚介類も山菜もそうだけどその時期の食べ物を楽しみに待つところがあって、行者ニンニク食いてえなって声高に言う人はあんまりいないかもしれないけれど、その季節が来れば、みんな反射的に動いていると思う。それぐらいやっぱり地域になじんでいるし、それだけ魅力的なのかなと思います。」

〈エゾエンゴサクのお花畑〉
協力隊を目指す人に向けて
協力隊に向いている人はどんな人だと思いますか?
「向いてるか向いてないかというよりも、その土地その地域でという前提条件で、自分がこうなりたいとかこういうことをしたいという夢とか決意めいたものがある人だったらいいのかな。任期は3年しかないし、3年後にどうなっていたいかというのが描けている人が向いているんじゃないかと思います。あとは語弊があるかもしれないけど、才能はそんなにないけれど何かをやりたい人。自分の中で自分のミッションみたいなものがちゃんと頭では描けているんだけど、どう行動していいかわからない人。たぶん協力隊にならなくても何かできる人ってもう協力隊にならずにやっちゃう人だと思うので。だけどワンクッション協力隊を挟む人って熱意はあるけどその熱意をどうすればいいかわからない人が多いというか、そういう意味では悪い言い方をすると、自分のやりたいこととか仕事に対して才能はないんだけど、気持ちが先走るような人は、向いているんじゃないかなと思います。」
協力隊を目指す人に一言お願いします
「協力隊は目指すものではありません!協力隊を通じて協力隊後に何になるかを目指しましょう!」